2022年05月05日

愛を感じにくい人

前回、独占欲について書きました。
その中で愛の受け止め方に
注目すると良いとお伝えしましたが、
これについては
【人との距離感が分からない】
というタイプの人も含まれます。

”相互理解と信頼関係”
見直してみることによって
【相手を肯定的に受け入れ】
【安心して信頼し】
愛を交わし合う…といったような
イメージになります。

さて、今回はその中で
愛されても愛されても、
【それを愛と認識できず】
苦しんでいるケースを考えます。
これは以前取り上げた
発達障害傾向を持つ人たちが
なぜ愛情不足に陥るのか?と
共通する部分になります。

ですが、
発達障害傾向を持たなくても
愛を感じにくくなるケースは多々あります。
事例としましては、
一般的な過程で育ち兄弟も仲良く、
友達とも楽しく過ごしてきた人が
「頭では愛されていると
     分かっているのに」
なぜか現実的には愛を感じにくく
常に孤独感に苛まれている、
といったような相談があります。

こういった場合は、
【たとえ素直に愛情表現されても】
それを愛と認識して
満足することができません。
人によって違うとは思うのですが、
【愛されることについての
     認識がゆがんでいて】
その人自身が
【誰かの愛し方も分からない】
といったことが考えられます。

認識の歪みとは、たとえば
・愛しているなら何でも言うことを聞く
・愛しているから暴力をふるう
・愛されたら文句を言ってはいけない
・愛されたら愛さなくてはいけない
・ただ優しくすればいい
こういったことです。

結論から言いますと、
【それは愛でも何でもありません】
何らかの理由によって
それを愛だと勘違いし続けてしまったから
日常的に”愛欠乏症”になるのです。
底なしに飢えている状態ですね。

上記の一般家庭で育ったケースでも
実は細かい場面において家庭内で
”不適切な関わりが多かったため”
愛情不足に陥っていた、
なんてことも考えられるわけです。
*****まとめ*****
「愛」を辞書で引いたら
それなりの言葉がありますが
本当の意味合いでの(感覚を含め)
愛とは?はおそらく
誰も正しく表現できません。
感じ方も人それぞれですから。

ただ、
「優しくされたから好きです」
「私を好きな人が好きです」
といった
【認められたから、
   肯定してくれたから
      相手を愛してしまう】
ということには注意が必要です。

愛を渇望しているとき、
そこには”心の隙”が生まれます。
それを見抜いた誰かが
計算高く優しくしてきて心を奪い、
後々その人を利用するようなことに
つながってしまう可能性があります。

そういった関係性が成立した時に
「独占欲」が生まれやすいかも?と
私は想像しています。

最後に、
愛を感じにくい人は改めて
【適切な関わり方と
      愛し方について】
考えてみる必要があると思います。
それは一人では難しいので
色んな人に聞いてみてもいいし、
年配の人や専門家や、
自分とは立場が離れた人たちの
意見も参考になると思います。

それによって、
これまで自分が本当に
適切な関わり方をしてもらえたか?
愛され方はどうだったか?などを
振り返って整理してみてください。
その時、場合によっては
【歪な状況でしか愛を感じない】
という自分に気づくかもしれません。

これは自分の問題だけでなくて
周囲の関わり方(環境)も関係します。
自分の立て直しをするとともに
周辺の人間関係に変化をもたらし、
適切な関わり方がお互いにできるよう
目指していけると良いな、と思います。
posted by 心療カウンセラー長谷 at 16:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 自己改革

2022年05月03日

あなたの一番になりたい

恋愛相談になると、
「好きな人に一番愛されたい」
などの話題は出てくるものです。
それ以外でも、
学生時代の女子同士というのは
べたべたするのが好きな子もいて、
ある意味”相思相愛の親しさ”
楽しい毎日を過ごしています。

私もよく覚えています。
「〇〇ちゃんの
   一番の友達になりたい」という
【独占欲がありました】
そういう人は多かったと思います。
はい、今回は「独占欲」がテーマです。

独占欲とは、物や人を
【独り占めしたいという欲求です】
独り占めすることが叶うと、
物の場合は【優越感に浸れるし】
人の場合は
【一人だけ愛されているような】
気持ちになれます。

男性と女性で
ちょっと価値観は違うと思うのですが
上記は女性の感覚で書きました。
男性の場合は【力や権力】などが
関係してくると思います。

それで、今回の趣旨は
”一番愛されたい”としますね。
私たちが誰かに一番愛されるには
どうしたらいいのでしょうね???
(´ε`;)ウーン…

ここで疑問があります。
今は自分が誰かに愛される前提で
話を進めているのですが、
もし自分が複数の人から
「一番愛してほしい」と言われたら
どうしたらいいのでしょうね(;^_^A
*****まとめ*****
これは持論なのですが、
【愛は比較するものじゃない】って
私は思っています。
仮に比較したとしても
家族が一番の人もいるでしょうし
恋人が一番の人もいるでしょう。
ただ、
【愛情の形が違えば、
   一番という定義も変わる】
というふうに私は考えています。
だから比較するものではない、と。

「仕事と私、どっちが大事なの!?」
「友達と私、どっちが大事なの!?」
「家族と私、どっちが大事なの!?」
こんなセリフ、聞いたことありますよね。
(あまり男性からは聞かないですね)

こういったことについては、
その人が一番愛されているとしても
【愛情表現が不足している】
または
【愛情の受け皿が欠けている】
ここに注目すると良いかと思います。
総合して【相互理解と信頼関係】
といったことの見直しになります。

改めて振り返る必要があるのは、
本当に愛されていないのか?
もしかすると気づいていないだけなのか?
物足りないのだとしたら
【具体的に何が足りていないのか】
注目してみることも大切だと思います。
posted by 心療カウンセラー長谷 at 18:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 自己改革

2022年05月01日

書き換えられる記憶

最初に私の体験を話します。
これは最近始まったことではなくて
私が物心ついたころから現在まで
続いていることなのですが…。
母は昔から記憶が書き換わりやすく
先日もおかしなことを言っていました。

私が箸の持ち方を矯正したことと、
父の持ち物だったカメラについて。

私が中学生の時、恥ずかしいと思ったので
自ら箸の持ち方を矯正しました。
その話が出た時に、
小さい頃から上手に持っていたと
母から全否定されました。
父のカメラは2000年以前のもので
とても古いものだと母は言いました。
現在息子の持ち物なので調べたら新しく、
買い換えたのだろうと話をしたら
全否定されました。

一見、ただの勘違いだし
「あ、そうだっけ?」で済むことが
母は昔から
【自分の思ったとおりになるまで】
しつこく食いつき続けるのです(;^_^A
…というか不思議なことなのですが
私自身の体験を話しているのに
【あたかも自分が
    立ち会ったかのように】
何もかも知っている前提で
話が進んでしまうのですね。

だけど箸の持ち方なんて
日々、相当注意され続けましたよw
その記憶がすっ飛んでるのですね(笑)
************************************
さて、話は変わりまして。
発達障害傾向を持つ人たちも
【記憶が書き換わりやすいので】
家族が困惑することが多いです。

相談事例では、
家族に工面してもらった金銭を
【自分で稼いだと言い張り】
どうにもならない状態だったり
周囲の協力あっての成功を
【自分だけの手柄だと思い込み】
周りに言いふらしたりして
”事実が書き換えられてしまい”
手が付けられないという話があります。

たとえ悪気が無いとしても
事実が変わっていくのは
周りにとっては精神的に苦痛です。

決して当事者を正したいのではなく
自分がどうにか
なってしまったのではないかという
【不安や恐怖】に苛まれて
当事者と対立したくなるのです。
あぁこれがカサンドラの始まりか?と。

さらに問題なのは、
書き換えられた事実を聞いた他の人が
【その情報を
   鵜呑みにすることです】
例えば当事者が作った借金の原因が
家族にあると誰かに思われたら
とんでもないことになりますよね。
*****まとめ*****
ただ、ズレが生じるとか
コミュニケーションが上手くいかず
勘違いが発生する程度であれば
適当に流してしまえばいいですよね。

だけど悩み相談などで
集まってきている事例というのは
【そのまま放置していたら
   生活が立ち行かなくなる】
真剣に取り組む必要性のある
回避できないケースなのです。

私の母については
放っておいて大丈夫(笑)
いつものことだから((´∀`))ケラケラ

でも発達障害相談に関しては
「どこにでもある悩みよ」程度では
済まされないことが多いです。
そのため、
たとえ当事者が感情的であったとしても
その周りの人たちは、
なるべく【冷静に理論的に】
対処していくことが求められます。
posted by 心療カウンセラー長谷 at 08:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 発達障害