2020年04月11日

分かっていても「できない」

カウンセリングを受ける人たちは
「やり方は分かります、でも…」
「頭では理解できます、でも…」などの
言葉がよく出てきます。
その気持ちを整理するのが
カウンセリングを活用する意味です。

そして、流れ的には
「どうして分かっていても、
  そうできないのでしょうね?」という
働きかけをしていくのですが、
発達障害の傾向を持つ人たちは
自分の気持ちについて
・分かっていても言葉にできない
・そもそもの考えが浮かばない
といったことが多多いので、
【自分の気持ちに
   焦点を当てることを諦め】
【別の方法そのものを求めてしまう】
特徴があります。

ですが、別の方法を提示したとしても
【自分にはできません】と言います。
これをくり返して
【ありったけの方法を提示しても、
      どれも受け入れられず】
困り果ててしまいます。

もう少し、自分の考えを言えるタイプでは
・失敗したら人生が終わる
・人に嫌われてしまう
・自分のような人間はダメだから
などと【認知が偏っていて】
チャレンジに踏み切れないこともあります。
*****当事者の方へ*****
いずれにしても、「できない」なら
それは仕方のないことですし
誰かが強制することでもありません。
ただ、その表現を正確に表すと
【”できない”のではなく
   ”やらない”という選択をする】
ということです。
そのあたりの自分自身の考えを
【正しく認識することも】
問題解決への糸口になるかもしれません。

問題そのものが解決しなくても
・今の自分のままでいいのだ
・無理をしなくていいのだ
などと【自分を許容できれば】
心は少し軽くなります。

それでも納得がいかない。
カウンセラーに「何とかしてくれ」と
懇願する人もいるのですが…それは、
「どこでもドアを出して」と
言っているようなもので、
カウンセラーに対して
【不可能を可能にしてほしい】と頼み
【他力本願になっている】のです。

そんな自分も否定しないでください。
【そうしなければ心を守れないのなら】
今は、そのままで良いのです。

ヒント・チャンスなどに
気づくタイミングは
人によって違います。
今はまだ、そのタイミングではないので
少し時間をかけよう、くらいに
思ってみてはいかがでしょうか。
posted by 心療カウンセラー長谷 at 15:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 自己改革

2020年03月05日

日本人は「神経症」気質

新型肺炎に振り回される私たち。
マスクから始まり、今では米とか
トイレットペーパーとか無くなるし
困ったものですね。

でも、私が思うには、ですけど
”日本人としては普通”
っていう感じがしています。
なぜなら、
そもそも日本人には
【不安症気質の人が多いから】
それは文化でもあるのかな、と。

日本人は、昔からそうでした。
親が子を育てる段階から
・きっちりとしている
・ルールを守らせる
・人に迷惑をかけない
・危険予測をさせる
といったことを教えます。
(最近はそうでもないけど…)

その子たちが大人になれば
親に教えられたとおりに覚えますから
【何かに備えておかなければ…】
他人につられたり
社会情勢に振り回されたりするのですね。

ですが”備える”というのは
悪いことではありません。
【自分自身の安心のため】にも
必要なことではありますけど
【みんなと同じ
   タイミングでは無意味】
と、考えていただきたいです。

例えば…
今はマスクとか米とかに
皆が集中しているのだけれど
震災を教訓としている人たちは
今あまり困っていません。

学校が休みになって、
親御さんが大量の食材を買い占め、
スーパーから食品が消えても
きちんと備えている人たちは
【事前に備蓄していたもので
      何とかする】のです。

みんなが動いたから、と
つられて慌てふためかないよう
日頃の備えに気を配りたいですね。

とにかく、
現状が早く落ち着くことを
願うばかりです。

=まとめ=
今、手に入らなくて
困るものはたくさんありますし
この問題を解決することが
最優先ではありますが、
【先の予測を含めて
   考えて行動する】ことを
これからは大切にしてください。

そのためには
家の中の【整理整頓と管理】
重要になってきます。
全体を把握し
例えば今からですと
夏の災害に備えて…
といった感じで考えてください。

ある程度の「不安」は
”備える”につながるので
持っておいた方が良いかもしれません。
ですが、現時点の不安ではなく
これから起きる不安について
考えることをお勧めします。
(病むほど考えないでくださいね)
posted by 心療カウンセラー長谷 at 07:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 自己改革

2020年01月21日

「毒親」から解放されるには

前回、私は母の悪口を書きました(^^;
私のことを、ひどい人だな…と
思う方もいることでしょうが
今回はおさらい的に
【毒親からの解放】について
記事にしてみたいと思います。

以前からのブログを読んでいる人や
個人的に私を知る人たちは
既に分かっていることですが
私はいわゆる「毒親」育ちです。

毒親の定義は複数ありますが
私の場合には大きく
・母の気分で無関心
・母の気分で過干渉
・母の枠組みが全ての基準
といったことがありました。

細かいことをあげるとキリがなく
長くなってしまうので
そこからどうやって脱却したか
その後どう考えているかを書きます。

まず、私は成人するまで待ちました。
これには前例があって
私の素行が悪かったこともあり
【母に尾行されており、
 探偵を雇って監視しようとしました】
そのため、未成年だと
私の周囲の人たちにも迷惑がかかるので
成人して気持ちの準備が整った時点で
【家を出ました】

これが第一段階です。
どうしても実家で暮らしていると
【精神的な自立が妨げられ】
娘の立場である以上は甘えが出ます。
そこで【物理的な距離をとり】
「私の足で立とう」と決心しました。

次に、幸か不幸か…
【息子が病気で生まれたことが
       家族の結束を高め】
基本的には夫婦仲を良好に保って
母が口出しできない状況を作りました。
おそらく母は、いつも
アルコール依存症の夫を持つ
自分の結婚生活と私の生活を
比べていたのだと思います。

母親というものは、
育児経験者という立場から
いちいち口を出そうとします。
それに対して口出しさせないために
【自分の家族の愚痴を
   母親に言いすぎない】ことに
気を付けたのが第二段階です。

表面上の愚痴はこぼしても
家庭内の詳細を実家に伝えないことが
【夫婦関係を混乱させない方法】です。

そして、これはたまたまですが
【私がカウンセラーになったこと】
第三段階の一部かもしれません。
母にとっては無意識の領域で
コントロールしやすかった私が
【何を言っても
   感情的にならなくなった】
というのは重要な点かもしれません。

それと同時に、
これもたまたまかもしれませんが
【自由な子育てをした】ことです。
昭和の人たちの子育ては
「〜しなければいけない」の量が
膨大で抑圧的で義務だらけです。
それを押し付けられて育った私なので
子どもにそうならないよう
常に気を遣っていたかもしれません。

小さい頃から
・自分でできることは自分で
・なるべくこき使う
・選択肢を提供する
・意思表示を指せる
・たくさんおしゃべりをする
といったことは気を付けていて
間違った選択だとしても
取返しのつくことなら任せ、
取返しが付かない場合は
話し合いに持ち込んでいました。

私の小さい頃には
私の成績や実績ばかり見ていた母が、
孫の成績を見たとしても
彼の人間性にも目を向けるようになり
優しくしてくれる人の少ない母には
【優しく口の上手い孫が救世主】にも
思えるのかもしれませんね。
グレなくて良かった、ってことです(^^;

さて、私のやってきたこと
一連の流れが正解かは分かりません。
ただ、今の私は幸せですし
一時は親に殺意を抱き、呪い、
全ての人間を敵視していた私が
今ここまで落ち着きを取り戻せたことは
これまで私を支えてくれた
全ての人への感謝に繋がります。

そして親についても
当時のような感情は消えまして、
かといってなかったことにはできず
【許せることと、
   許せないことを区別し】
親にも、軽蔑しながら感謝しています。

お互い人間ですから。
欠点もありますから。
それでも育ててくれました。
そこだけは否めません。
私自身が大した人間じゃないのに
人のことばかり、責めていられませんね(^^)
posted by 心療カウンセラー長谷 at 06:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 自己改革