2019年07月08日

本当にゲームだけが悪いのか?

「ゲーム脳になる」
そう提唱されたのは何年前でしょうか。
確かにゲームの世界に溺れると
現実との境がなくなってしまって
現実感を失いやすく
社会適応レベルは下がります。

それと同時に
ゲームをやりすぎると
【攻撃性が増す】と言われ、
子育て中の親御さんには
子どものゲーム時間を制限するよう
アドバイスされることが多いです。

ところで、最近の話題ですが
スポーツ観戦中に
ファン同士がトラブルになり
抱いていた子どもを
投げつけるという
残念なことが起きました。

スポーツ観戦は
一般的に肯定されていますが
実は、
【スポーツ観戦も
   攻撃性が増す】そうです。

実際、
私の父親は叫びますし
ご近所さんの怒号も酷かったです。
応援チームが負けると不機嫌で
八つ当たりされることもたびたびで
野球の熱狂的なファンも
攻撃性が強くてうるさいし、
結構怖いですよ。

もし、攻撃性が増すことを
防止したいのなら
ゲームだけではなく
スポーツ観戦も止めるべきです。
だけどスポーツ観戦は
なぜだか肯定されています。

それで、攻撃性が増すという
結果には続きがあって
逆の報告もあるのです。
それは、
【自分に代わって
  戦ってくれている】ことで
ストレス解消になることです。

私はゲームが大好きです。
そして、イライラすると
必ずゲームで思い切り戦ってきました。
そこでスッキリすることで
日常に戻って
普通の対応ができるのです。

スポーツファンの中にも
私と同じような考えの人が
いるのではないでしょうか。

まとめますと、
攻撃性が増すかどうかは
【一概に言い切れない】
ということです。
だから、
【一つの視点で
  考えないことが大切です】

ゲームとスポーツ観戦、
攻撃性が増すと言われるものは
それだけに限らないと思います。

今回は「攻撃性」のことでしたが
一つの側面で考えない方法は
【多くのことに
   当てはめられます】

参考になさってみてください。
posted by 心療カウンセラー長谷 at 08:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 自己改革

2019年06月04日

自立できない

先日、「精神的自立」について
ブログを書きましたが
相談される方の中には
【親を捨てられない】
などと言われる方もいます。

色々な家族の形がありますが
その家族が
【機能不全を起こしている場合】
別々に暮らす選択を勧めますが
それが「家族を捨てる」ことに
つながるわけではありません。

核家族化している社会で
一般的な流れとして考えてみてください。

高校を卒業して大学で上京する人、
就職して上京する人、
結婚して地方へ移住する人、
形はそれぞれですけれど
【大人になって
  親元を離れるのは
      自然の流れ】であって
家族を捨てたことにはならないのは
あなたにも分かりますよね?

ですが、
親子関係に課題が残っている場合
子ども側の人が
【見捨てる感覚になり】
家を出られないこともあれば、
【親が泣きつく】という
相談を受けることもよくあります。

「私たちを捨てるのか!」
「お前はもうこの家の人間ではない!」
「家を出るなら二度と戻ってくるな!」
などと”捨てゼリフ”を吐かれ、
【子どもの自立の
    足を引っ張る親】
とても多いのが現状です。

ですがこれは
【健全ではありません】

本来であれば、
自然に親子の距離ができて
自然に離れていけるのですが
【依存関係にある場合】
それは自然に叶わないのです。

それでも「自立」を望むのなら
親の立場の人は
子どもに出て行ってもらうよう促し
子どもの立場の人は
自ら出て行く準備をしてください。

世の中、色んな家庭があります。
自立してほしい子ども(成人)
自立させてくれない親…
お互い、
【永遠に一緒にいられる
     わけではないのに】
自分の課題を乗り越えられず
相手にしがみついているだけです。

【離れても、永遠に家族】
であることに変わりはありませんよ。

勇気は要ることと思いますが
現状を変えたいと望むなら
一歩、踏み出してみましょう。
posted by 心療カウンセラー長谷 at 10:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 自己改革

2019年02月15日

残り物には福がある?

明らかに義理だろ!クッキーを
昨日息子が持って帰ってきました。
お隣の女子高では、
女子同士の交換し合いっこが
毎年恒例だそうで
「たぶん余るからあげるよ」と
あからさまな「義理」以下の
「残り物」ですよねwwwww

ところで、
昔から「残り物には福がある」と
言われていますが
本当に「福」があるかどうか
考えてみたいと思います。

例えば、
ランチ会を自宅でやっていて
メンバーの誰かが差し入れてくれた
お菓子が目の前にあります。

あなたは何番目に取りますか?
または、
何が欲しいか言えますか?

私たちは、だいたいの場面で
話し合って分け合いますが、
その時、意見を言える人と
言えない人に分かれますよね。

そして
【残り物を手にする人は
    意見の言えない人】です。

意見の言えない人は
・意見を聞き入れてもらえない
・嫌われるのが怖い
・どれが好きか分からない
といった、ネガティブな考えを
持っていることが多いです。

それで、残り物を手にして
「それなりに美味しかったから」と
納得してしまいます。
もし、好きなお菓子を選んだ人が
思ったよりおいしくない…と言えば
残り物を手にした人は
なおさら「ラッキー」でしょう。

つまり、
【残り物が
  福になるかどうかは運】
もしくは
【考え方次第で福】なのです。

それならば、
最初から欲しいものを言えた方が
【後悔が少なくて済みます】

意見が言えない人の勘違いとして
【意見を言えば通るもの】
思い込んでいるところにあります。

たとえ意見が言えたとしても
それに対する反論や同意や
【さまざまな交渉が】
起こり得る状況で
最終的に自分の意見が却下された
【ネガティブな結果だけを覚えて】
言えなくなってしまったという
ケースは少なくありません。

この「思い込み」を外すことが
残り物に頼らなくて済み、
【自分の思いを
   素直に表現するために】
大切なことなのではないでしょうか。


次回は、
「意見を言って嫌われるケース」
について書こうと思います。
posted by 心療カウンセラー長谷 at 08:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 自己改革