2021年04月20日

運転について(前回の続き)

前回の記事では
発達障害傾向を持つ人たちも
程度の差はあるにせよ
運転を諦めた方がいい人も
いることを取り上げました。

そのコメントでは
”ハンデがあっても
  免許を取る機会は欲しい”
という言葉をいただきました。
私自身も、
当事者の気持ちに寄り添えば
同じように思いますが
【責任を取るのが事後であること】
【不可逆的で
  根本解決できないこと】なので
無条件に賛成はできません。

もしも、自分の大切な人が
事故に遭って亡くなった時
「ハンデがあるから許してあげよう」
などと考えられる寛容な人間は
おそらく
殆どいないのではないでしょうか。

この話は決して
障害者差別のつもりはないのです。
ですが【人の命を奪う重大さ】
障害者だけに限らず
(一般の人たちも高齢者たちも)
分かっていない人がたくさんいます。

例えばですけどね、
医者が手術をする時には
ちょっと言葉は悪いですが
「失敗したらごめんね」的な
同意書にサインしますよね。
でも自動車運転で命を奪う相手は
そんな同意はしていません。
だから良いのか悪いのか?ではなく、
覚悟のない相手を
一方的に傷つけるようなことは
絶対にあってはならないことです。

それで、何を基準にして
私がこの記事を書いたかというと
【どこがどのように
   障害されているか】
この視点で考えてみました。
ですから別の専門家は
また違ったことを考えるかもしれません。
ただ、私にはその観点しかないので
”個人的に賛成できない”
という言葉で取り上げています。
だからもしも、
間違っていたらごめんなさい。

この基準で考えた時、
身体障害者の人が含まれないというより
その人たちの中にも
「運転できる人とできない人」が
いるわけですから
発達障害でも知的障害でも
それは同じなのではないでしょうか。

たまたま、
私が発達障害を専門とし
そういった人たちの目に触れる
ブログだったので
対象者が発達障害になっただけです。

その発達障害に関しては
【診断を受けづらく】
【見た目は健常者で】
【本人の自覚がない】
などのことが考えられます。
また、
身体機能とは違って
【脳機能は線引きが難しいので】
それを加味しないと危険です。

みなさんには、
いろんな経験をしてほしいですし
”楽しい”を増やしてほしいです。
ただ、「できることとできないこと」や
「向き不向き」があり、
私が研究者には向いていないように
運転には向いていない人も
いるのではないでしょうか。

今一度、
人の命を預かっていることの
自覚について考えてみてください。
posted by 心療カウンセラー長谷 at 18:14 | TrackBack(0) | 発達障害
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