2019年10月22日

「注意」の定義の誤解

相談事例の中で
「そういう考えもあるのか…」
という発言がありましたので
私も考えてみたいと思います。

それは、
”人に注意すること”についてです。
一般的に、人に注意するときは
何かを改善してほしい時や
してほしくない行動や言動が
あったときなどかと思います。

この時、事例では
その人に注意をしたくなるような
【怒りを感じなかった】という
発言がありました。

そうか、この方は
誰かに注意をする時には
怒りを感じているのか…と分かり、
「注意をする時、
  人は怒っていないよ。」
と、私の考えを伝えてみました。

すると、「そうなの?」と
驚いているように見えました。

ここで、気がついたのは
発達障害の傾向を持つ人たちは
【怒りを感じやすく】
それは言い換えると
何でもかんでもすぐに怒るのではなく
【一次感情に気付きにくい】
言えるのだと思います。

一次感情とは、
怒りという二次感情に変化する前の
「悲しみ」「苦しみ」「不安」「恐怖」
などのことを言います。

事例の方は、人に注意されたときに
「悲しい」「不安」などの感情に
気がつかないまま
「そんなに私が悪いのか!」という
怒りに即座に変換されてきたため
【注意をする時は怒っている時】
という考えが植えつけられたのでしょう。

それで、
思い込みの激しいタイプの人でも
信頼関係がしっかり形成されていれば
【認知修正は可能です】

このケースでは
・どんな思いだったか
・注意された内容は正しいか
・自分の考えはどうか
といったことを順番に
聞かせてもらうことが多いです。

そうすることで
その人の抱える否定的な感情と
注意されたことの内容を
【切り離し】考えることができます。

最後にまとめますと、
確かに不快に思った時
私たちは誰かに注意する場面は
たくさんあることと思いますが
【注意することと感情は別物】
として考えることが大切です。

また、
不快でもなく怒りもなくても
【必要に応じて注意する】ことは
誰もが経験することです。
それも踏まえて
「注意をすることの定義」を
勘違いしないでおきたいところです。
posted by 心療カウンセラー長谷 at 10:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 発達障害
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