2020年08月16日

一貫しても理解が得られない場合

発達障害の傾向を持つ人たちと
上手に接していくためには
・シンプルな言葉選び
・発言に一貫性を持たせる
・短文にまとめる
といったことが大切です。

「、」をたくさん使って
長い文章を話していると
当事者の頭の中は
少しずつグルグルしてきて
ボーっとしたり他の事を考えたりして
伝えたいことが伝わりません。

アスペルガータイプも
ADHDタイプも、どちらも
【集中力が長く続かない】
考えておいたほうが良いでしょう。

さて、こういったことを基本として
当事者との関わり方を学ばれる人が
お客様の中にはいらっしゃいます。
難しいとされているのは
・言葉を削ること
・言いたいことをまとめること
・一貫した考えにすること
つまり、当事者の対応で大切な
上記の3つの真逆になります。

私たちは、感じたまま思ったままに
言葉を発してコミュニケーションを取り
お互いが【何となく理解し合って】
関係が深まっていくものなのですが
これを当事者とやろうとすると
【支離滅裂なコミュニケーション】
なってしまう可能性が高いです。

そして、当事者を困惑させないために
一番気をつけておいてほしいのが
【一貫性を持たせる】ことです。

例を作ってみました。
(当事側の言い分)
”この前会った時は、
 りんごが好きだと言っていたのに
 昨日は桃が好きだと言っていた。
 私はあの人の好きなりんごを用意したのに
 桃が好きだと言われたので
 りんごをプレゼントできなかった。”

この場合、私たちは単純に
「どっちも好きなのね」と処理して
迷うことなく、リンゴをプレゼントできますが
当事者は
【点と点をつないで
     線にするのが苦手なので】
”どっちも好き”という考え方に
向かわない場合があるのです。
そのため、「前に言ったことと違う」と
困ってしまうことが少なくありません。

一貫性を持たせるためには
「りんごが好きだけど、桃も好きです」
という言い方に変換させたり
「〇〇以外は好きです」にしたりします。

ただ、今回のテーマのとおり
支援側が一貫した話し方をしても
【当事者の言語理解力が低ければ】
なかなか上手く伝わりません。
また、特にアスペルガータイプの人は
多くの情報を持ちすぎているため
【脳内にある情報の引き出しが
         全部開いてしまって】
全然違うことを考えだすことがあるので
会話が成立しません。

「どうやっても伝わらない」
なんてことは、よくあることですし
「この前ダメだったけど、
  今回はすんなり理解してもらえた。」
ということもあるのです。
ですから、一貫しても理解が得られない時は
・話を延期にする
・伝えた内容を当事者に確認させる
・紙に書いて残しておく
といったことで対応してみてください。
*****当事者の方へ*****
上記のようなことがよくある、という場合
【言葉を言葉通りに受け止める】
ということを意識してみましょう。

点と点をつないで線にできないのなら
【その場の情報をシンプルに受け止め】
果物の例で言うなら、
桃が好きだと言っている相手だけれど
この前は
【間違いなく、
  りんごが好きだと言っていたから】
りんごをプレゼントすればいいのです。

発達障害の傾向を持つ人たちは
【考え方が独特であるという前提で】
自分の考えを自己対話で終わらせず
相手から話を聞いた時点ですぐに
【復唱して確認すること】
お互いの意思疎通が図れます。

そこを省略するから
「勝手な解釈をする人だ」と
誤解を招いてしまうのです。
【分からなければ聞く】
それを恥ずかしいと思うのは
発達の特性とは別の問題です。

特性を持つ人たちの”あるある”として
一つの情報がインプットされると
【長い間、同じ行動をくり返す】
ということがあります。

例えば、りんごが好きな相手に
会うたびにりんごを渡し続けることで
喜んでくれる人もいるでしょうが
【食べたくない日もある】わけで…。
毎回、相手の気持ちを
当事者が知ることはできませんが
他のことについても同様に
【やりすぎず、ほどほどに】
心がけて人に接してみてくださいね。
posted by 心療カウンセラー長谷 at 08:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 発達障害

2020年08月13日

基本的人権を身近で考える

”敬意を払う”とは
その人を尊敬することであり
感謝することでもあります。
そしてそれを”言葉にする”
関係が良好になることが多いです。

そういったことも踏まえて
小学校で習いましたが
私たちには【基本的人権】
というものがありますよね。
今回は、それを具体的に
書こうと思うのですが…
若干自信がない…(;´・ω・)
なぜなら、小さい頃からそのことで
【明確に説明を受けていない】ですし
それを語っている人は身近に少なく
私自身も経験が少ないからです。

そのうえで、
これまでの学びを総合して
私なりに考えを出してみると
【みんな、同じ人間だよね】
ということに尽きるのです。

どんな人でも、同じ人間である以上
【同等の権利が存在し】
その色々な権利を使いながら
生きているのです。

それで、敬意を払う時には
人それぞれの価値観が優先されるので
前回の記事のように
【偏った考え方を持っていると】
敬意を払う相手が限られますが、
私たちが同じ人間という前提なら
【考え方次第で、誰でも尊敬できる】
ということにもなりませんかね?

とても個人的な意見になるのですが
私は、”肩書”とか”権力”などが
大嫌いです。
それは、私にないから…かもしれません。
だけど時代を遡って考えれば
私自身がそれに振りまわれて迷惑を被り
”ハラスメント”のフルコースで
お腹いっぱいになっているからかと思います。
そういった時には
敬意を払われるどころか、
ゴミ扱いされる日々でしたからね(;^_^A

さて、発達障害の傾向を持つ人たちは
【権力や気の強い人に弱い】ところがあり
その人たちの前ではペコペコしたり
ご機嫌を取ったりすることがあります。
その逆に、部下や後輩の前では
偉そうにしたり横柄にしたりして
文句を言わせない態度をとることがあります。

当事者は、
このようにして対応を変えることで
【うまく立ち回れている】
勘違いしているケースも多いのですが
実際に周りの人から見ると
【肩書に振り回されるダメな人】
という印象が強いと思われます。
(相談事例を総合して)

ただ、当事者の立場に立ってみると
権力に対する恐怖からご機嫌を取り
目下の人間に対して偉そうにするのは
【自分の気持ちや考え方の
   出し方の調整が上手くいかないから】
とも考えられるのです。
*****当事者の方へ*****
「基本的人権」という意味で
私たちが同じ人間として
【尊重されるべき存在である】というのは
あなたも、私も他の人たちも
何ら変わりはないのです。

その基本を忘れてはいけません。

確かに、能力の差異はあります。
アスペルガータイプの人なら
【勉強ができても想像が苦手】
ADHDタイプの人なら
【発見ができても継続が苦手】です。

その「できる」を基準にして
”何かが特別上手”と言うだけの理由が
【人を見下しても良いという
      理由にはならない】のです。

同じ人間同士としてなら
敬意はいくらでも払えます。
これが分からないのだとしたら
それは
「想像する力や考える力が足りない」のです。

「優劣」「勝敗」にこだわらず
相手を1人の人間として見たときには
必ず良いところがありますから
これも練習の一つに組み込んでみてください。

当たり前のことですが
根っからの腹黒い相手や
意地の悪い嫌いな相手に対して
無理をして考えることではありません。
posted by 心療カウンセラー長谷 at 18:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 発達障害

2020年08月11日

目下には偉そうにしても良い

前回の続きになります。
敬意を払うということでは
「機能ではなく情緒で考える」
ということが大切です。
具体的には、
”役に立てたかどうか”が機能、
”役に立ちたいという気持ち”が情緒です。

発達特性を持つ人たちは
【目に見える結果や肩書、年収などで
        他人を評価しがちなので】
目に見えない
【頑張りや誠意などが分からず】
素晴らしい結果を出さない相手の事は
見下したりバカにしたりしがちです。

また、物腰の軟らかい人や
文句を言わないおとなしい人を見つけ
【自分が攻撃されないと分かると】
相手を傷つけることを言ったりします。

さらに、
自分が客の立場になると
金を払う立場が偉い、と勘違いして
【とても横柄になる】場合もあります。

みんながそうだ、
というわけではありませんが
【様々な場面で
     認知の偏りが災いし】
トラブルを招いているようです。

それで、前回の例に戻って
清掃中のトイレに入る時
どうするか…を考えたとき
上記のようなタイプの人であれば
掃除員の人に対して
何も言わないで黙って入るだけでなく
”邪魔扱いをする”かもしれませんね。
*****当事者の方へ*****
私たちは、社会的立場が
どのようなものかによって
また、環境によって
【性格は変化していきます】

だから、例えば
「先生」と呼ばれる人たちは
一般的な社会経験が少ないし
ただ勉強できただけかもしれないのに
肩書によって勘違いを起こして
「誰に向かって口をきいているのだ!」
などと威圧的な人もいます。

発達特性を持つ人たちにも
色んな価値観があって当然ですが、
【部下や後輩には
     偉そうにするものだ】
という偏った考えを
持っている人が結構いると思います。

でも、誰にでも言えるのですけど
曖昧であって、
だけど一番大切なことが
【基本的人権の尊重】なのです。

これって小学校から習ってきたけど
誰に聞いても具体的ではないですし
「尊重って何よ?」と考えても
明確な答えが出てきにくいものです。

このネタも
次回に引っ張ろうかなぁ…(;^ω^)

それでは最後に…
トイレの清掃員に出会った時
その人は、
与えられた仕事をしているのですが
立場を変えてみれば
汚いところをキレイにしてくれています。

この【〜してくれている】に注目し
周りの人のことを考えてみてください。
ネガティブなことばかり考える人は
「自分が何をしてもらったか」についても
悪いことしか考えていないようです。
そういう”考え方のクセ”
日ごろ良くしてもらっていることさえ
忘れさせてしまうのです。

だから、トイレの清掃員の人には
「いつもありがとうございます」とか
「キレイにしてくれてありがとうございます」
「お仕事、ご苦労様です」などと言い、
「使ってもいいですか?」と聞きます。

少し待ってほしいと言われることもあるし
清掃員の態度が悪ければイラっとします。
ただ、たいていは
【相手への配慮の
    言葉をかけたことで】
お互いが気持ちよくやりとりできます。

「敬意」とは、
【相手のことを尊敬する】という意味です。
誰かの行いを
【ありがたい】と思うことです。
そして、
【それを言葉にする】ことですよ。
posted by 心療カウンセラー長谷 at 09:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 発達障害