2020年02月08日

それは誰にでも言えること

前回、読者さんからのコメントで
”最近、私が発達障害を強調し過ぎ”
とのご指摘があったので
今回改めて私の思いを書かせてください。

まず、私が今のような内容のブログを
書くことになったいきさつは
私が発達障害のトレーナーとして
周知することが目的だったためです。

とはいえ、読者さんの仰る通り
【誰にでも言えることだし】
わざわざ発達障害傾向の人は…
などと言う必要もないなぁとは
私自身も思うことが多いです。

ただ、
カサンドラ症候群の経験者なら
理解してもらえることかと思いますが
カサンドラの人が
いくら苦痛を周りに訴えても
「そんなこと、誰にでもある」
「どの家庭でも同じよ」などと
笑って流されることばかりで
【本当の苦しみを理解してもらえず】
せめて私の所で愚痴ることで
少しでも気持ちを共有できたら
という思いでいるのです。

ですから、ここでは敢えて
発達障害に絞った記事を書いていますし
そこに当てはめる時には
【程度・頻度の問題】
【機能障害の有無】などを考慮して
読者の方には捉えていただきたいのが
私の伝えたいことです。

ブログを始めて15年、
発達障害のことを書き始めて数年。
正直、出し切ったなぁ…という
感じもあったものですから
常連さんに「飽きたでしょ」と
尋ねてみたところ

”人によって受け止め方は違うし
その日の自分によって
受け止め方が変わる。
もう知っていることでも
長谷さんの言葉で再確認できるし
いつも新鮮な気持ちでいる”と
仰ってくださいました。

その言葉を素直に受け止めると
こればかりは
【人の感じ方次第です】
それで思ったのは
冒頭の読者さんについては
ずっと私のブログを読んでくださり
【熟読し、理解できたから】
「誰にでも言えることなのに…」と
ある意味”普通の感じ方”
されたのではないでしょうか。
だとすると、とても嬉しいです。

私たちは「分からないもの」に
不安や恐怖を覚えます。
それが「分かる」に変わると
好奇心や探求心が生まれますし
情報を欲しがるようになります。

なんども似たような情報を集め
【自分自身が受け止められたら】
そのあとは別の視点が生まれ
【多面的に考えられる力】
得ることもできます。

今回のコメントについては
心から感謝しています。
改めて私自身の
振り返りとなりました。
本当にありがとうございました。

引き続き、
懲りずに書き続けたいと思います。
よろしければまた継続して
お読みいただけると嬉しいです。
これからもよろしくお願いいたします。

posted by 心療カウンセラー長谷 at 10:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 発達障害

2020年02月06日

「分からない」という答えが嫌い

一昨年くらいから、
私が月に1回利用している
調剤薬局があります。
そこでは薬を、息子の代わりに
受け取ることになっているのですが
この頃は法律が変わって
「患者さんにきちんと質問する」
という薬剤師さんの対応が
義務化されたと数年前に知りました。

それで、
私が代理で受け取るとしても
薬剤師さんには関係ないので
遠慮なく質問してこられます。
その時、
”体重に変わりはないですか?”と
聞かれたことがありました。
私は「分かりません」と答えたら
とても不機嫌で怒った顔になり
薬を投げるような態度になりました。

その時の私は単に
「態度の悪い人だなぁ…」でしたが
先日、2回目の「分かりません」で
また表情が一気に変化したので
私はハッとしました。

この薬剤師さんにとって
【”分からない”は答えではない】
というルールがあるのかもしれない。
だとすると…
といったように自分の脳内で
色んな思考が駆け巡ったのです。

さて、本題ですが
発達障害の傾向を抱える人の中には
【はい・いいえ以外は答えにならない】
と考えているタイプがいます。
【分からない、と答えると負け】
みたいな考えを持っている場合もあります。

【白黒ハッキリさせたい】ためか
中間の答えを嫌う人もいますし
中途半端で気持ち悪いとも感じるようです。

ですが本来は
【”分からない”も正しい答え方です】
だから、そう答えたからといって
イライラされる筋合いはないですし
横柄な態度に変えるのは
大人げないことだと思われます。

・全部きちんと答えなくてはいけない
・知らないことは隠すべき
・分からない、では恥をかく
といった間違った認知を持っていると
【自分だけでなく
   他人にも厳しく
      押しつけがちで】
人間関係に亀裂が入りやすいです。

発達に関係なく
「分からない」という答え方が
嫌いな人と関わらなくてはいけない時は
【別の情報も添えることで】
その人の苛立ちが
和らぐ可能性があります。

今回の私の場合では(2回目の)
「分かりません」と伝えた時
表情が急に変わって
起こった様子を見せられたので
その薬剤師さんには
「来月には分かると思います」と
【目安を伝えました】
それによって態度は元に戻り
通常の対応をしてもらえました。

発達障害傾向の人と関わる時
「なぜ自分だけが
  歩み寄らなければいけないのだ」
などと多くの人が感じます。
それは確かにそうだと思いますが
【今の一瞬だけ譲ることで】
その場をしのぐことは
私たちのスキル向上にもなります。

とっさに機転を利かせた
行動や言動を覚えることは
自己成長へとつながるでしょう。
posted by 心療カウンセラー長谷 at 17:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 発達障害

2020年02月04日

すぐに「無理」という人

自閉症の人は知的障害があって
小さい頃から
人の真似をするのが苦手です。
そのため、
その年齢に見合った
言葉のやりとりは難しいですし
自分でできる身の回りのことも
大きくなるまでできないなど
色々な遅れを伴います。

今、アスペルガーと言われる人は
【知的な遅れのない自閉症】
といったカテゴライズなので
アスペルガーの相談を受ける際には
”自閉傾向”という言葉を
私は使うことがあります。

例えば、
・人と目を合わせるのが苦手
・言葉を適切に発せない
・独り言が多い
といったことも傾向の一つと考え
それに沿ったアドバイスを
お届けするスタイルを取っています。

ただ、知的障害を伴わないということは
【学習すれば理解もできるし
    多少の改善は見込める】
多くの事例から分かっていることなので
私はあくまでも
持っている情報を伝えるだけです。

ですが、試してもいないのに
「できません、無理です」という
タイプの人がいることも分かっています。
その大半は
【男性アスペルガー】です。

彼らは一般的には
【プライドが高い人】と言われていて
自分の考えや行いに誇りを持ち
他の人とは違うのだという
雰囲気を醸し出しています。
また、下々の人間を見下すような
考えかたを持っている場合もあります。

でも実は、彼らの本音を追究すると
それらの横柄な態度や言動は
【すべて自分を守るため】であって
決して周りの人のことを
本当に見下しているとは限りません。

当事者の考えとして
【恥をかくことが極端に怖い】
【失敗は絶対に許されない】
【偉い人と思われたい】
といったことがあるため、
”自分をいかに良く見せるか”
囚われている人が多いのです。

だから、情報を受け取っても
恥や失敗のリスクがあるから即座に
「無理、できない、考えられない」
などという言葉を発してしまいます。

そして、
当事者が課題に取り組まないことに対して
私は別に強制しません。
何もしないで最初から”できない”と
思っているのなら、何もしないことも
【選択の一つであり、自己責任】です。

これまでの事例で行くと、
このタイミングが
成長できる人とできない人の分かれ道です。
人は切羽詰まると、なりふり構わず行動します。
死に物狂いで何とかしようとします。
ですが、
まだ何もしないという選択ができるのは
切羽詰まっていないのか、他人事なのか
【自分の身の危機を
   どのくらい感じているか】
違いなのではないかと
私が対応してきた事例から感じています。

まとめますと、
自分で無理だと思っているのなら
【そのことに囚われず、
    自分の能力を認める】ことに
視点を変えていくことをお勧めします。。
私たちには、できないことなど
山のようにあるにもかかわらず
アスペルガータイプの人たちは
【万能でなければいけない】などと
私からすれば
不可能な考えを持っていることが多いです。

そして、万能になりたいからと言って
カウンセラーに相談の依頼をしても
即座に「無理だ」というのなら
何も進展しませんから
今の等身大の自分を見つめてあげる方法を
模索した方が良いのではないでしょうか。

あれも無理、これも無理!
…たしかに生き辛い時代ではありますが
【これは可能】というところにも
注目してみてくださいね。
posted by 心療カウンセラー長谷 at 08:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 発達障害